プロゴルファー
Nick Jagger
「アンプレヤブル」のいい話
ゴルフというスポーツが持つ基本理念は、あるがままのボールを打つことです。
ところが、池やクリークに打ち込んだり、ボールが木の根元にあったりするケースでは、どうしてもあるがままの状態からボールが打てないという状況にしばしば遭遇しますよね。
そんな時は「アンプレヤブル」を宣言して、1ストロークの罰打を加えなくてはいけません。
アンラッキーだと嘆くゴルファーが大半でしょうが、ボールが打てる状況にも関わらず、「アンプレヤブル」を宣言した心優しきプロゴルファーのお話を紹介しましょう。
伝説のプロゴルファー、ハリー・ブラッドショー
皆さんは「ハリー・ブラッドショー」(写真)という伝説のプロゴルファーをご存知でしょうか?
1940~50年代に活躍したアイルランド出身の選手です。
ブラッドショーがあるトーナメントでティーショットを放ちました。
セカンドショット地点に来て、ボールのライを確認すると、彼は「アンプレヤブル」を宣言して、ボールをピックアップして、ホールに近づかない場所にドロップしたのです。
その光景を観ていたロープの外にいたギャラリーや記者たちはもちろん、同伴のプレーヤーも「きっとライが悪かったのだろう」と思っていたはずです。
ホールアウト後、この行為を不審に思ったひとりの新聞記者が「あの時なぜアンプレヤブルを宣言したんだ?」と質問しました。
ブラッドショーの答えはやはり「ライが悪かったのさ」ということでした。
それに対して、まだ信じられない記者は、彼がアンプレヤブルを宣言した場所に行ってみました。
すると、そこには可憐な花が一握りほど群生していたといいます。
もう一度記者はブラッドショーに同じ質問しました。
ブラッドショーは「私はきれいに咲いている花をなぎ倒す勇気のない人間です。花よりショットのほうが大切だとは思えなかった。ついでだけど、アンプレヤブルの宣言というものは、ゴルファーの選択に任されているんだよ」と言ったそうです。
彼はこのアンプレヤブルの罰打のため、優勝に1打足りませんでした。このトーナメントとは、驚くなかれ「全英オープン」だったのです。
ビール瓶の中にボールが……
この「花のアンプレヤブル」から数年後、ブラッドショーは再び伝説に残るエピソードを残しました。
初日をトップでホールアウトし、迎えた2日目のことでした。
ブラッドショーがティーショットを放ち、セカンド地点に行ってみると、信じられないことに今度はなんと半分割れたビール瓶の中に彼のボールが入ってしまったのです。
こんな時こそ「アンプレヤブル」を宣言する状況ですよね。
彼はバッグからウェッジを取り出すと、ビール瓶の中のボールを打ったのです。瓶は粉微塵にに砕け散って、ボールは約30ヤードほど先に転がり出ただけでした。
そのため、このホールで6打も費やしました。
その日のスコアは77。翌3日目は68と好スコアで回り、最終日は70というスコアで首位タイになったのです。
南アフリカのボビー・ロックとのプレーオフにもつれ込んだものの、惜しくもブラッドショーは破れてしまったのです。
トーナメント終了後、記者たちに「花の時はボールをピックアップしたのに、ビール瓶に入ったボールはアンプレヤブルせずにそのまま打ちましたね。なぜだね、ハリー? もしもあそこで救済措置を受けていたならば、あなたはビッグタイトルを獲れたはずなのに」と質問しました。
そうです。このトーナメントはまたしても全英オープンだったのです。
「私は子供のころから神父さんに自然を愛して、あるがままにプレーしなさいと教わってきました」と、控えめな声で彼は答えたそうです。
昔の話ですから、多分に美化されているかもしれませんが、こうしたエピソードや伝説がたくさん残っているのもゴルフの魅力ですよね。
ちなみに、ブラッドショーの処置は同情を呼んで、翌年から「動かせる障害物は取り除くことができ、その際ボールが動いたら罰なしで元の位置にプレースする」とのルール改正になりました。
道徳の教科書にも載ったアンプレヤブル
ブラッドショーの伝説で思い出す日本人プロゴルファーのエピソードも紹介しましょう。
1996年の兵庫県のABCゴルフクラブで行われた「フィリップモリス・チャンピオンシップ(現マイナビABCチャンピオンシップ)」。
トーナメントの最終日の出来事でした。
福沢義光プロが15番ホール(パー5)で放ったセカンドショットのボールはフェアウェイをしっかりとらえました。
福沢が第3打地点に行ってみると、なんと赤とんぼのしっぽの部分に彼のボールが乗っていたのです。
そのままサードショットを打ってしまうと、間違いなく赤トンボは死んでしまうでしょう。
彼はそっとボールを持ち上げて、トンボを逃がしてやったのです。
このホールをなんとかパーをセーブしましたが、ホールアウト後、競技委員長にこの「ピックアップ」を報告しました。
ルールにより、1打ペナルティーが加えられて、最終成績は14オーバーで最下位でした。
私の記憶では、福沢プロは「あんまり美化されるのもどうかな。プロだったらね。あの時は来年のシード権も取れていたからやったんだよ」というような発言をしたような記憶があります。
このエピソードは朝日新聞の「天声人語」にも掲載されましたし、後に小学校の道徳の教科書にも載りました。
「ユネスコ日本フェアプレー特別賞」と「国際フェアプレー表彰状」も受賞しました。
夢中になったり、勝つことに執心したり、心の余裕を忘れたゴルファーは多いですよね。
そこで、こんなゴルフの格言を最後に紹介しましょう。
飛距離が自慢の幼稚園生。
スコアにこだわる小学生。
景色が見えて中学生。
マナーにきびしい高校生。
歴史がわかった大学生。
友群れ集う卒業式。
せめて、中学生くらいにはなりましょうね。